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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)120号 判決 1996年3月13日

アメリカ合衆国

ニューヨーク州 スケネクタデイリバーロード 1番

原告

ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ

代表者

アーサー・エム・キング

訴訟代理人弁護士

安田有三

同弁理士

生沼徳二

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

沼澤幸雄

西義之

花岡明子

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和62年審判第9995号事件について、平成2年12月13日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1978年4月20日の米国特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年4月18日、名称を「非晶質合金」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭54-46769号)が、昭和62年1月16日に拒絶査定を受けたので、同年6月8日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第9995号事件として審理したうえ、平成2年12月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成3年2月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  80~84(原子)%の鉄、12~15(原子)%のホウ素および1~8(原子)%ののケイ素を含有し、延性、脆化および結晶化に対する高温安定性および飽和磁束密度を組合せた特異な性質を有し、モーター、発電機又は変圧器の電磁部品における鉄-ホウ素-ケイ素非晶質合金。〔特許請求の範囲第1項記載のとおり〕

(2)  式Fe80B16Si4で表わされる延性、脆化および結晶化に対する高温安定性および飽和磁束密度を組合わせた特異な性質を有し、モーター、発電機又は変圧器の電磁部品における鉄-ホウ素-ケイ素非晶質合金。〔特許請求の範囲第4項記載のとおり〕

(3)  80~84(原子)%の鉄、12~15(原子)%のホウ素、および1~8(原子)%ののケイ素を含有し、延性、脆化および結晶化に対する高温安定性および飽和磁束密度を組合せた特異な性質を有し、モーター、発電機又は変圧器の電磁部品における鉄-ホウ素-ケイ素非晶質合金から製造されたリボン。〔特許請求の範囲第5項記載のとおり〕

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である日本金属学会昭和50年度秋期第77回札幌大会シンポジウム講演予稿一般講演概要341~342頁(以下「引用例1」という。)及び日本金属学会昭和52年度春期第80回東京大会講演概要213頁(以下「引用例2」という。)の記載内容に基いて容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び各引用例の記載事項の認定は認める。

本願発明の非晶質合金及び非晶質合金リボンと、引用例1、2記載の非晶質合金(以下、各引用例記載の合金を区別しないでいう場合は、「引用例合金」という。)とを比較すると、両者は、その構成成分である鉄、ホウ素、ケイ素のいずれもが、その組成範囲で重複しており、リボン形状も同一であるとの審決の認定は、争わない。

しかし、審決は、本願発明が、その要旨に示す特定の非晶質合金又はそのリボンにつき、引用例合金には見られない「特異な性質」を見出し、この「特異な性質」を利用して「特定用途」としての用途発明を完成させたものであるにもかかわらず、このことを看過し、本願発明は引用例の記載内容に基づいて容易に発明をすることができたものと誤って判断し、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  本願発明の意義

(1)  本願発明は、鉄(Fe)-ホウ素(B)-ケイ素(Si)の非晶質合金であり、その構成として、次の三要件を有するものである。

要件Ⅰ(組成)

鉄 80~84(又は80に限定)原子%

ホウ素 12~15(又は16に限定)原子%

ケイ素 1~8(又は4に限定)原子%

要件Ⅱ(特異な性質)

延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性並びに飽和磁束密度を組み合わせた特異な性質

要件Ⅲ(特定用途)

モーター、発電機又は変圧器の電磁部品

従来技術においては、飽和磁束密度(磁気的性質)が大きい非晶質合金は、延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性(物理的性質)に欠け、逆に物理的性質が大きいと磁気的性質が劣る、という欠点があった。

本願発明は、この欠点を克服することを課題としたものであって、鉄及びホウ素(Fe-B)の二元合金系においてケイ素(Si)を添加し、それぞれ上記の所定割合を採用することにより、上記課題を解決したものである。

審決は、本願発明と引用例1、2の「非晶質合金の構成成分であるFe、Si、Bのいずれもが、その組成範囲で重複して」いると認定している(審決書6頁4~6行)が、一般的組成範囲としては、一部で重複するものがあることは原告もこれを争うものではない。

しかし、合金においては、構成成分及び組成範囲は、周期率表などの物理化学法則により適宜論理的に組み合わせることができるものである。それ故単に構成成分及び組成範囲のみからなる発明は特許性に欠けるのであって、特許性の有無は具体的な課題によって見出される成分と割合及びこの課題解決(効果)を示す具体的実験にこそ意義がある。

また、発明はその目的、構成及び効果の三位一体からなり、これを本願発明の非晶質合金についてみれば、課題(特異な性質の解決)、組成(成分と割合)及び具体的に達成された効果の三者からなる。合金発明の場合には、その課題と効果が示されていなければ、組成から課題と効果を知ることができない。

合金発明において、特許法にいう「自然法則を利用した技術思想」は、具体的課題と具体的に達成した効果に重点を置いて把握されるべきであって、この視点から本願発明と引用例との相違点の検討もなされるべきである。

(2)  本願発明は、「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」を有するという物理的(機械的)性質と、「飽和磁束密度」を有するという磁気的性質を有するという、従来技術では相矛盾する両特性をそれぞれ併せ持つという「特異な性質」を有する非晶質合金の開発という課題の下に、これを解決したものである。

そして、従来技術では相矛盾するとされた「特異な性質」を有する本願発明が達成されたのは、従来技術にはない新たな知見及び観察結果によるものである。

すなわち、本願発明は、「かかる新規な結果は、非晶質合金の飽和磁化の強さが、合金中のガラス形成成分に由来する有効電子の数によつて左右されるという知見に基づくものである。それはまた、かかる合金中に含まれるガラス形成元素の種類が多くなるに従つて、その安定性が向上するという観察結果にも基づいている。すなわち、二元合金Fe80B20は延性の大きい非晶質リボンとして製造するのが困難であるけれども、新たなガラス形成元素を少量だけ添加すれば、同じ条件下で延性の大きいリボンを製造し得ることが判明したのである。更にまた、ホウ素よりも有効電子数の多いケイ素をFe80B20に添加すれば4πMsが減小するとは言え、延性の改善は大きく、しかも飽和磁化の強さはほんの僅かしか低下しないことも判明した。その上、80~84(原子)%の鉄を含有する合金において、ホウ素の一部をケイ素で置換した場合には高温下での結晶化傾向に対する安定性が実質的に向上する。」(甲第2号証の1、3欄8~26行)ということを見出したのである。

ここでいう、物理的性質における「結晶化に対する高温安定性」とは、本願明細書(同4欄35~39行)に記載されているように、精製窒素ガス中において100~400℃の温度下で2時間の焼なましを施すことによって保磁力が急激に増大したという現象により把握されるものであり、それは、本願発明の非晶質合金が高温の雰囲気中に長時間さらされているとき、保磁力が急激に増大するときの温度が高いということである。

また、「脆化に対する高温安定性」とは、脆化は結晶化以前に生ずるものであるが、脆化温度が高温で、しかもその値が結晶化温度に近い値となれば、脆化に対する高温安定性を示していることになる。

さらに、「延性」については、本願発明の非晶質合金が単に「延性」を有するということではなく、「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性並びに飽和磁束密度を組み合わせた」という「特異な性質」との関連で捉えるべきである。そして、本願発明において、延性の大きさは、曲げ試験により破断時の曲率半径(r)を測定し、その曲率半径より降伏ひずみとして示されており(甲第2号証の1、4欄33~35行、第1表)、第1表によれば、本願発明の実施例の延性は、他の参考例の最大のものと等しく、これら非晶質合金中大きい値を示している。

2  審決の判断の誤り

(1)  審決は、本願発明の要件Ⅱの「特異な性質」について、引用例合金との相違点を、

<1> 引用例1、2には、本願発明の「延性、高温安定性、飽和磁束密度については具体的な記載は認められない。」(審決書6頁14~15行)、

<2> 引用例2の図1について、「BをSiで置換した際の諸特性の改善効果が、直ちに本願発明の『特異な性質』に結びつくとも認められない」(同6頁16~18行)

としながら、

<3> 引用例2の図1の「5~10%の範囲内でのB→Siへの置換によるガラス形成成分の多成分化の結果、磁気特性の一部において好結果が確認されたことには変りはなく」(同6頁19行~7頁2行)ということを根拠に、

<4> 「これらの開示を参考として公知の非晶質合金について、磁心(鉄心)材料に必要な特性について実験を行い、固有の特性を確認することは当業者にとつてはそれ程困難なこととは認められない。」(同7頁2~6行)

と帰結している。

しかし、審決が上記<3>を根拠にその帰結<4>を導いたことは誤りであり、その誤りは審決の結論を左右するものである。

本願発明の特徴の一つである「特異な性質」は、本願出願時においては相矛盾するとされた物理的(機械的)性質と磁気的性質の両者を組み合わせたものであるから、「磁気的特性の一部において好結果が確認された」としても、当業者は本願発明の「特異な性質」に想到することはない。むしろ、本願出願時に「磁気的性質および物理的性質にいずれかを選ばなければならない」(甲第2号証の1、2欄19~21行)という技術常識を有する当業者としては、引用例合金では物理的性質を犠牲にしていると考えるのである。

また、引用例1、2においては、「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」については何らの着目もないのである。

さらに、審決は、「磁心(鉄心)材料に必要な特性」あるいは「固有の特性」について述べるが、各引用例の記載から示唆されるのは、磁気的特性の範囲にとどまる。

(2)  被告は、引用例1の非晶質合金を試料として、「これらを325~400℃の温度において加熱すると保磁力が減少し」と記載されているから、本願発明の「結晶化に対する高温安定性」が示されていると主張している。

しかし、「結晶化に対する高温安定性」は、100~400℃の温度下で2時間の焼なましを施し、かかる2時間の焼なましによって保磁力が急激に増大したという現象により把握されるものであり、非晶質合金が加熱される温度ではなく、その加熱処理に至る前に当該材料に所定温度で何時間熱を加えたかという熱処理の下で保磁力が急激に増大することを指標とするものである。

引用例1記載のような、ある加熱温度で保磁力の値が小さい(あるいは大きい)ということと、「結晶化に対する高温安定性」とはおよそ何らの関係もない。

また、引用例1の表1には、「圧延急冷のまま」すなわち溶融状態から圧延急冷して製造したままの合金と、これを「400℃×30’→100℃/hr cool」(400℃に30分間保ち、その後1時間当たり100℃で冷却)したものについて、保磁力(Hc)をはじめとする磁気特性が記載されている。

この記載は、熱処理は非晶質合金を形成する時の冷却温度による磁気特性の変化を調べたものであって、審決も認定するとおり、「延性、(脆化及び結晶化に対する)高温安定性」をもとより記載したものでもない。

そもそも、引用例1、2は、Fe-Si-Bの非晶質合金の磁気特性を検討したものにすぎず、したがって磁気特性の改善と矛盾すると考えられていた「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」を示したものではない。

被告は、昭和52年11月30日発行・日本応用磁気学会誌Vol.No.3の「非晶質磁性材料の問題点」(乙第1号証)の「2-2-2磁化特性安定化の問題」の項を引用して、脆化及び結晶化に対する高温安定性が確認されていると述べるが、その図5~8において対象となっている合金は、Fe80P13C7その他であって、本願発明の合金とは成分を異にしており、また、そこで確認されていることは、一部折り曲げ試験があるとはいえ、磁気的性質を主とするものであって、脆化及び結晶化に対する高温安定性が確認されているとは到底いえない。

(3)  本願発明は、上記したとおり従来技術にはない新たな知見及び観察結果により、鉄-ホウ素-ケイ素の特定の組成を採用することにより、上記「特異な性質」を見出し、この「特異な性質」を利用して「特定用途」すなわち「モーター、発電機又は変圧器の電磁部品」としての用途発明を完成させたという効果を達成したものである。

被告は、非晶質磁性材料が変圧器用(鉄心)に適するものであることは当業者に周知の事項である(乙第1、第3号証)とするが、非晶質材料は、長い間当業者に着目され、最初から鉄心、ヘッドなど使用先は明確化され、当然ながら磁気特性も調べられていたが、現実の成品としては実用例がなかった(乙第1号証6頁右欄13~16行)のである。

また、Fe78Si10B12の材料が変圧器用(鉄心)として示されている(乙第1号証15頁)としても、そこに示されていることは、磁気特性を調べたということであって、具体的に変圧器用鉄心に必要な物理的性質、特に本願発明に定めた延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性が述べられたものではないし、上記合金成分は、Fe及びSiの組成において本願発明の組成範囲に含まれないものである。

3  以上のとおり、本願発明によって初めて、上記「特異な性質」を有し、上記「特定用途」に適した所定の組成範囲の非晶質合金及びリボンが提供されたものであるから、本願発明が引用例1、2の記載内容に基づいて容易に発明をすることができたとする審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  原告の主張1、2について

本願発明は、その性質や用途がいずれも公知あるいは当業者に自明又は周知の事項に相当するものばかりであり、原告主張のように「特異な性質」を利用した「特定用途」としての用途発明に該当するものではない。

(1)  そもそも、「用途」についていえば、非晶質材料は、その使用先が最初から変圧器(鉄心)用などに明確化されていたのである(乙第1号証6頁右欄13~15行)。

また、「性質」についていえば、その用途が鉄心などの場合には、昭和52年11月30日発行・日本応用磁気学会誌Vol.No.3の「非晶質磁性材料の問題点」(乙第1号証)の「2-2-2磁化特性安定化の問題」の項に、「非晶質強磁性金属合金を実用磁性材料として用いようとするには、磁化特性が試料内部で一様でしかも熱および機械的外部応力に対して安定であることが望まれる.・・・この熱的安定性の検討のため、・・・非晶質合金について室温から結晶化温度までの種々の温度で種々の時間等温焼鈍を施し、履歴曲線、電気抵抗、脆性ならびに高周波磁気特性の変化を調べた.」(同号証9頁左欄)と明記されるように、当業者にとって「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」という性質について検討・確認することは当然のことなのである(なお、上記項目中には「延性」という用語は見られないが、図5の説明の「折れ曲げ試験」から明らかである。)。

このように、物理的(機械的)性質と磁気的性質が相矛盾する関係にあるとしても、非晶質材料を鉄心材料として用いようとする場合には、原告が「特異な性質」と主張する性質は、いずれも研究者らが実用化のために必ず検討・確認しなければならないとされる基本的性質であって、決して特異なものではない。

(2)  「結晶化に対する高温安定性」については、引用例1(甲第3号証)には、「このため今回はまずFe-Si-Bの非晶質合金の製造を検討し、ついでそれら非晶質合金の熱磁気分析および軟磁性材料特性をそれぞれ測定し、磁気的性質の組成依存性および磁性材料特性の熱処理効果を検討することにした.」(同号証341頁右欄「目的」の項8~12行)、「これらを325~400℃の温度において加熱するといずれも保磁力が減少し」(同342頁左欄11~13行)と記載されており、このことは、上記Fe-Si-B系非晶質合金が325~400℃の高温に安定であるということを示しているといえる。

「脆化に対する高温安定性」については、本願発明でいう「脆化に対する高温安定性」とは、結晶化温度までは脆化しないという意味での高温安定性と解するのが相当であるところ、引用例1記載の非晶質合金も、上記のとおり、325~400℃の高温では結晶化が起こらないのであるから、上記「脆化に対する高温安定性」があるといえる。

「延性」については、引用例には示唆がないが、非晶質合金は、「非晶質」であるが故に「延性」に優れているのであり、このことは当業者にとって自明の事項である(乙第1号証14頁、乙第2号証61頁)。

また、本願発明の「延性」については、本願明細書第1表に、本願発明の合金に関するデータが、Fe84B15Si1のただ1例しか示されておらず、その値自体も、本願発明でない比較合金、例えばFe84.5B15P0.5のものと同一であり、本願発明だけがこの性質に特段優れているというものでもない。

(3)  「特定用途」についていえば、上記のとおり、非晶質磁性材料が変圧器(鉄心)に適するものであることは、当業者にとって周知の事項である。

原告は、非晶質材料が現実の成品として実用例がなかったことを問題としているが、本願発明の進歩性の判断にあたっては、実用例の存否は直接関係のない事柄である。

2  以上のとおり、本願発明は、その性質や用途がいずれも公知あるいは当業者に自明又は周知の事項に相当するものばかりであり、原告主張のように「特異な性質」を利用した「特定用途」としての用途発明に該当するものではないから、審決の認定判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  合金の構成成分及び組成範囲

本願発明は、特許請求の範囲第1項及び第4項に記載される「非晶質合金」と、第5項に記載される「特許請求の範囲第1項に記載される非晶質合金から製造されたリボン」の3つの発明からなるものであって、本願発明の非晶質合金を引用例1、2の非晶質合金(引用例合金)と比較すると、その構成成分は同じであり、その組成範囲、すなわち、「鉄(Fe)80~84(又は80に限定)原子%、ホウ素(B)12~15(又は16に限定)原子%、ケイ素(Si)1~8(又は4に限定)原子%」が、引用例合金のそれと一部において重複するものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、合金の発明の進歩性の判断に当たっては、合金の成分組成範囲と合金の性質、用途の両面から判断することになるが、本願発明のように公知の引用例合金と同一組成範囲の合金については、従来知られていない性質を見出したとしても、その新しい性質の認識によって新たな用途を得た場合は別として、従来の用途の適性範囲から出ないような場合には、進歩性は認められないというべきところ、この点に関し、原告は、具体的課題と具体的に達成した効果に重点を置いて把握されるべきであると主張するので、以下、この観点から、原告主張の「特異な性質」と「特定用途」について、本願発明と引用例合金の相違にっき検討することとする。

2  合金の特性

(1)  機械的性質(延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性)について

引用例合金について、引用例1、2には、「延性、高温安定性、飽和磁束密度については具体的な記載は認められない。」(審決書6頁14~15行)ことは、当事者間に争いがない。

しかし、一般に、非晶質合金材料を実用化する用途開発に当たって、その合金の熱的特性や機械的特性を調査する必要があることは周知であると認められる。

すなわち、物理的(機械的)性質についてみれば、昭和52年11月30日発行・日本応用磁気学会誌Vol.No.3における高橋実「非晶質磁性材料の問題点」(乙第1号証)には、

「液体急冷法で製作されるリボン状非晶質金属材料が、従来の金属材料がもち得ない数々のすぐれた物理的性質を兼ねそなえた「夢の合金」であると報道され一躍注目を浴びるようになったのは、日本ではここ2~3年前のことであるが、同じ方法で製作される(Fe、Ni、Co)+(P、Si、B、Alなど)を組み合わせた三元系非晶質金属材料が高い透磁率を示し、軟磁性材料として有望であることは、既に・・・発表され、強い関心が米国ではよせられていた.」(同号証6頁左欄7~15行)、

「一つの金属材料が磁気特性をも含めた種々の物理特性まで群をぬいてすぐれ、万能型金属材料となると確かに夢の合金としての資格を充分備えていたことになる.非晶質材料を当初磁性材料として開拓するに当たっては、上記のすぐれた特性をもった金属材料を夢みて以下のような活用法を具体的に考えながら開始された.」(同7頁左欄19~25行)、

「非晶質強磁性金属合金を実用磁性材料として用いようとするには、磁化特性が試料内部で一様でしかも熱および機械的外部応力に対して安定であることが望まれる.・・・磁化の熱的安定性は充分注意して検討されるべきである.筆者らはこの熱的安定性の検討のため、・・・非晶質合金について室温から結晶化温度までの種々の温度で種々の時間等温焼鈍を施し、履歴曲線、電気抵抗、脆性ならびに高周波磁気特性の変化を調べた」(同9頁左欄6~末行)

と記載されているとおり、結晶化温度に関する試験、脆化に対する温度特性試験がなされていることが認められ、図5及び図6には焼鈍温度と焼鈍時間に対する折れ曲げ試験結果が示されていることから、延性試験も行われていることが認められる。

また、昭和50年6月発行・「金属 KINZOKU」vol 45.no 6における増本健「アモルファス金属の最近の動向」(乙第2号証)の「実用材料として興味ある性質 1 機械的性質」の項に、非晶質合金について機械的性質を総合的に調べたことが記載され(同号証61頁左欄5~13行)、その中に「約350℃で結晶化すると脆化すること」(同左欄9行)、「これらの合金はガラスなどのアモルファス材料とは異なって、完全な180°曲げでも破断せず」(同右欄8~9行)と記載されているとおり、高温での結晶化特性や脆化特性及び曲げ特性(本願発明での延性に相当する)が具体的に調査されていることが認められる。

以上のことからみて、一般に、非晶質合金の開発に当たって、その合金の熱的特性や機械的特性、すなわち、「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」を調査することは、当業者にとって、当然なされなければならない周知の技術事項であると認められる。

ところで、審決のいうように、引用例1、2には、延性を含む非晶質合金の物理的(機械的)特性についての直接的な記載は認められない。

しかし、非晶質合金が一般に延性が高いことは周知であり(乙第2号証61頁「機械的性質」の項)、前記のように180°曲げでも破断しないということは、延性が高いことの裏付けであるといえる。なお、本願明細書第1表の降伏ひずみの値の対比(実施例の0.022と参考例の0.022~0.018)からみて、本願発明の組成の非晶質合金が従来の他の非晶質合金と比して延性が特に優れていると認めることもできない。

また、前記のとおり、非晶質合金の脆化に対する温度安定性を調査すること自体は自明のことといえる。

結晶化に対する高温安定性については、原告は、100~400℃の温度下で2時間焼なましを施し、かかる2時間の焼なましによって保磁力が急激に増大したという現象により把握されるものであり、非晶質合金が加熱される温度ではなく、その加熱処理に至る前に当該材料に所定温度で何時間熱を加えたかという熱処理の下で保磁力が急激に増大することを指標とするものであると主張する。

しかし、非晶質合金は、一般に温度を上昇させれば結晶化してしまうのであるから、「結晶化に対する高温安定性」とは、文字どおり、高温でも結晶化しないこと、すなわち、温度を上昇させてもなかなか結晶化しないということを意味するものと解するのが相当であり、原告のように限定して解する必要はない。また、非晶質合金は本質的に保磁力が低いことから、保磁力が増大したことを結晶化が生じたことの一つの目安として捉えることができるものというべきである。

そして、引用例1(甲第3号証)においても、「Fe-Si-B系の非晶質合金はFeが81~73at%、Siが15~5at%、Bが15~8at%の組成範囲において圧延されたリボン状の試料が得られた.・・・さらにこれら合金の軟磁性材料特性については・・・、これらを325~400℃の温度において加熱するといずれも保磁力が減少し、ヒステリシスループの角型性4πIr/4πImが大きくなる.」(同号証342頁左上欄1~14行)と記載されており、この記載によれば、引用例1の本願発明の組成範囲を含む非晶質合金は、325~400℃に加熱すると保磁力が減少する、すなわち増大しないのであるから、325~400℃の加熱でも非晶質を保っている、つまり結晶化が生じていないことを示していると認められ、引用例1には、本願発明の組成範囲を含む合金が結晶化に対する高温安定性を有することが実質的に示されているに等しいということができる。

以上のとおり、物理的(機械的)特性については、「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」を調査して、その非晶質合金の実用化への適性を調べることは当業者が当然に行わなければならない周知の技術事項であり、また、引用例1及び前示乙第1号証の文献の記載に照らして、本願発明の非晶質合金の延性と高温安定性の程度に関しても、格別のものと認めることはできない。

(2)  磁気的性質について

引用例1の表1(甲第3号証342頁)には、本願発明の組成範囲外の非晶質合金であるFe77.5-Si12.5-B10の合金について、特性である4πI300(飽和磁束密度に相当する)が圧延急冷のままで13.6kG、加熱処理したもので14.8kGであることが示されている。

一方、本願発明の実施例における飽和磁束密度Msは、第1表(甲第2号証の1、3頁)に示されるように、14.9~15.4kGであり、対比例が7.9kG、10.4kGであることを考慮すると、引用例1の非晶質合金の飽和磁束密度は本願発明と遜色ないものと認められる。

(3)  機械的性質と磁気的性質の組合せについて

原告は、本願発明の特徴の一つである「特異な性質」は、本願出願時においては相矛盾するとされた物理的(機械的)性質と磁気的性質の両者を組み合わせたものであるから、審決のいうように、引用例2の合金について、「磁気的特性の一部において好結果が確認された」としても、当業者は本願発明の「特異な性質」に想到することはできない旨主張する。

しかし、上記のとおり、一般に、非晶質合金の開発に当たっては「延性、脆化及び結晶化に対する高温安定性」を調査することは、当業者にとって、当然行わなければならない周知の技術事項であり、引用例1においても、その目的は、従来のFe-P-C系の非晶質合金の材料開発の難点を除くため、Fe-Si-B系について検討し、非晶質合金を得ようとするもので、その磁気的性質の組成依存性及び磁性材料特性の熱処理効果を検討するもの(甲第3号証341頁右欄)である。

したがって、引用例2の合金について、「磁気特性の一部において好結果が確認されたこと・・・を参考として」(審決書6頁末行~7頁2行)、上記のように、引用例1の記載事項と周知技術を勘案し、「磁心(鉄心)材料に必要な特性について実験を行い、固有の特性を確認すること」(同7頁3~4行)、すなわち、本願発明の非晶質合金につき、延性及び結晶化に対する高温安定性という機械的特性と、飽和磁束密度という磁気的特性との組み合わせを有しているかどうかを確認することは、本願優先権主張日当時の技術水準に照らし、当業者が当然になしうる事柄であるということができる。

なお、引用例1、2においては、脆化に対する高温安定性については必ずしも明らかではないが、後記のとおり、それがために非晶質合金を鉄心に応用することができないとする根拠もない。

したがって、本願発明の「特異な性質」は、当業者が当然になしうる実験によって確認できる性質というほかはなく、これを、当業者が想到できない性質と認めることはできない。

3  合金の用途について

本願発明の非晶質合金の用途について、前示本願発明の要旨には、「モーター、発電機又は変圧器の電磁部品」と示されており、本願明細書の発明の詳細な説明には「発電、送電および電力利用の全般における非晶質合金の有用性という点から見て特に有利な上記のごとき組合せの性質は、それの代償として何らの欠点をも生じることなしに達成されるのである。」(甲第2号証の1、3欄3~7行)、「本発明はまた、たとえば電動機、発電機、変圧器またはその他の電気機器の電磁部品の構成用として適した上記のごとき新規な合金のリボンにも関する」(同4欄4~7行)と記載されている。

他方、前掲「非晶質磁性材料の問題点」(乙第1号証)によれば、「非晶質材料も早や5~6年を経過したし、最初からその使用先は鉄心、ヘッド、磁気遮蔽材料、遅延線などと明確化されていた」(同号証6頁右欄13~15行)ものであるから、本願発明の要旨に示す「モーター、発電機又は変圧器の電磁部品」が、これらの鉄心、ヘッド、磁気遮蔽材料、遅延線を含むことは、本願優先権主張日当時の技術常識から明らかである。

一方、引用例1には、前記のようにFe-Si-B系非晶質合金の軟磁性特性が調べられているのであり、軟磁性特性を有する磁性材料の一番主要な用途がモーター、発電機及び変圧器であることは技術常識であるから、引用例1に非晶質合金の用途の明記がなかったとしても、引用例1の記載を見れば、当業者なら用途として「モーター、発電機又は変圧器の電磁部品」としての使用を想起することは明らかである。

さらに、昭和52年12月開催の第1回日本応用磁気学会学術講演会プログラム(乙第3号証)をみても、アモルファス合金が磁心(鉄心)として用いられることは周知であると認められる。

そうすると、本願発明の「モーター、発電機又は変圧器の電磁部品」という用途、例えば鉄心というような用途は、引用例合金も有する非晶質合金の極めて普通の用途であって、これら用途と格別に相違する「特定用途」と認めることはできない。

4  以上のとおり、本願発明の非晶質合金の構成成分と引用例合金の構成成分は同一であり、その組成範囲も、引用例合金と一部において重複するのであり、本願発明は、引用例1、2の記載事項と周知技術から考えれば、原告主張のような、「特異な性質」を見出し、その「特異な性質」を利用して「特定用途」としての用途発明を完成させたものとは認められないから、用途発明としての進歩性を有するものと認めることはできない。

よって、取消事由は理由がない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

昭和62年審判第9995号

審決

アメリカ合衆国、12305、ニューヨーク州、スケネクタデイ、リバーロード、1番

請求人 ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ

東京都港区赤坂1丁目14番14号 第35興和ビル4階 日本ゼネラル・エレクトリック株式会社、極東特許部内

代理人弁理士 生沼徳二

昭和54年特許願第46769号「非晶質合金」拒絶査定に対する審判事件(平成1年9月22日出願公告、特公平1-43828)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和54年4月18日(優先権主張1978年4月20日、米国)の出願であつて、その発明の要旨は、出願公告後の平成2年10月29日付けの手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「1. 80~84(原子)%の鉄、12~15(原子)%のホウ素および1~8(原子)%のケイ素を含有し、延性、脆化および結晶化に対する高温安定性および飽和磁束密度を組合せた特異な性質を有し、モーター、発電機又は変圧器の電磁部品における鉄-ホウ素-ケイ素非晶質合金。

2. 式Fe80B12Si8で表わされる特許請求の範囲第1項記載の合金。

3. 式Fe84B15Si1で表わされる特許請求の範囲第1項記載の合金。

4. 式Fe80B16Si4で表わされる延性、脆化および結晶化に対する高温安定性および飽和磁束密度を組合せた特異な性質を有し、モーター、発電機又は変圧器の電磁部品における鉄-ホウ素-ケイ素非晶質合金。

5. 80~84(原子)%の鉄、12~15(原子)%のホウ素、および1~8(原子)%のケイ素を含有し、延性、脆化および結晶化に対する高温安定性および飽和磁束密度を組合せた特異な性質を有し、モーター、発電機又は変圧器の電磁部品における鉄-ホウ素-ケイ素非晶質合金から製造されたリボン。

6. 式Fe84B15Si1で表わされる特許請求の範囲第5項記載のリボン。」

これに対して、特許異議申立人 川崎製鉄株式会社は甲第1号証~同3号証を提出して、本願発明は、甲各号証の開示に基づいて、出願前、当業者が必要に応じ容易に発明をすることができた程度にすぎないものであるから特許法第29条第2項の規定に該当する、と主張している。

甲第1~同2号証には、それぞれ次の事項が記載されている。

甲第1号証(日本金属学会 昭和50年度秋期第77回 札幌大会 シンポジウム講演予稿一般講演概要 341~342頁)。

“非晶質Fe-Si-B合金の磁性材料特性について”と題して、

<イ> Fe-Si-B系非晶質合金は十分な検討がなされておらず、非晶質合金が得られていないが、Fe-Si-Bのうち、Fe-Siの結晶質合金は軟磁性材料として知られているため非常に興味が持たれること、そこでFe-Si-B 3元系母合金を造り、溶融状態から圧延急冷して厚さ30μm、巾1.5mm、長さ数mにおよぶ非晶質合金を得、非晶質状態と軟磁性特性を測定した。後者の測定用試料は、長さ30cmのリボン状あるいは、直径3cmのリング状である。

<ロ> その結果、Fe-Si-B系の非晶質合金は、Fe 73~81at%、Si 5~15at%、B 8~15at%の組成範囲において圧延されたリボン状の試料が得られ、Fe 81~73at%の範囲での磁気モーメントおよびキユリー温度の変化(第1図)と、Fe77.5-Si12.5-B10合金の軟磁性特性(表1)を記載。

甲第2号証(日本金属学会 昭和52年度春期第80回東京大会 講演概要 213頁)。

“非晶質鉄基合金の磁性におよぼす半金属の影響について”と題して、

<イ> Fe80B20およびFe80P20合金を基にBあるいはPを他の半金属(B、C、Si、P、Ge)で置換した非晶質合金を作製し、これらの合金におけるFeの磁気モーメントとキユリー点におよぼす置換元素の影響を検討。

<ロ> 非晶質Fe80B20-XMX(M=C、Si、P、Ge)系の磁気モーメントとキユリー点の組成依存性について図示(図1)され、M=Siの場合について5at%、8at%、10at%置換時の磁気モーメントとキユリー点の改善効果が示されている。

置換量0~10at%の範囲で、置換成分がCやPの場合においては、磁気モーメントおよびキユリー点のいずれもが置換量の増加につれて下降の傾向を示しているのに対して、Siの場合は増加の傾向を示していること。

本願発明に係る非晶質合金(特許請求の範囲第1項と第4項)と、非晶質合金リボン(特許請求の範囲第5項)を、甲第1~同2号証に記載の非晶質合金と比較すると、両者は、非晶質合金の構成成分であるFe、Si、Bのいずれもが、その組成範囲で重複しており、また、リボン形状についても甲第1~同2号証に明示されていることから、両者を非晶質合金としてその組成成分範囲およびその形状の面から区別することはできず、同一のものと認められる。

次に、合金の性質および用途について検討すると、甲第1~同2号証には、本願発明と同一組成を有する非晶質合金およびそのストリップが記載されているが、延性、高温安定性、飽和磁束密度については具体的な記載は認められない。

また、甲第2号証の図1に記載の、BをSiで置換した際の諸特性の改善効果が、直ちに本願発明の「特異な性質」に結びつくとも認められないが、5~10%の範囲内でのB→Siへの置換によるガラス形成成分の多成分化の結果、磁気特性の一部において好結果が確認されたことには変りはなく、これらの開示を参考として公知の非晶質合金について、磁心(鉄心)材料に必要な特性について実験を行い、固有の特性を確認することは当業者にとつてはそれ程困難なこととは認められない。

以上のとおりであるから、本願の各発明は、甲第1~同2号証の記載内容に基いて容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成2年12月13日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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